お嬢様からの贈り物

喪ジオ学園の朝は、お嬢様たちの挨拶で始まります。
「ごきげんよう」
「わこつですわ~」
「ごきげんよう!初見ですわ(茄子)」
 どんぐりの季節も終わり、すっかり冬めいてきたこの頃……ごきげんようの声に混じって聞こえてくるのは「あれ」の話題ばかりです。
「皆さま、もう決めまして?」
「わたくしは洗った米の写真にしますわ」
「まあ!素敵ですわ。私は少し早いけど、クリスマスカードにしようと思って」
「良いですわね~」
 喪ジオ学園の一大イベントを前に、お嬢様たちはすっかりロマンティック浮かれモードです。学園祭よりも創立記念日よりも大切にされている「あれ」とは、そう、我らが肘樹先生のお誕生日。先生を盛大にお祝いするために、皆そわそわしながら準備を進めています。
 私もそんなお嬢様の内の一人、なのですが……
「はあ……」
「どうしたんやお嬢ちゃん、ため息なんてついて」
「侑士さん!?いらしてたんですね」
 教室で敬之学のテキストを準備していたところに、後ろから声をかけてきたのはクラスメイトの忍足侑士さん。上の空だった私は、思わず飛び上がってしまいました。それにしても侑士さん、顔がやたらと近いです。
「なんやお嬢ちゃん、そんなに驚いて……可愛いな……」
 顔がさらに近くなりました。
「ゆ、侑士さん……私をデコレーションしようとしないでください」
 ドキドキサバイバルな雰囲気を遮って、何とか会話を続けます。
「実は、12月9日のこと、まだ何も決めてなくて」
「パウンドケーキ♧」
 声がする方に顔を向けると、そこにいたのは懐かしい人でした。
「ヒソカ……!来てたんだね、久しぶり」
 机に腰掛けたまま、こちらを見てニヤリと笑います。
「そろそろ焼くか……♠」
「そっか、ヒソカは手先が器用だもんね。良いなあ」
 私も手作りお菓子は候補に考えたのですが、不器用な自分にはハードルが高いと諦めたのです。
「みんな、ちゃんと考えてるんだ。それなのに私ってば迷ってばかりで」
「まだ時間はあるで……お嬢ちゃんの気持ち、肘センに届くとええな」
「ありがとう、侑士さん。もうちょっと考えてみるね」
 肘樹先生は人気者なので、当日はきっと沢山のプレゼントを貰うことでしょう。豪華な品物を用意する予算も、手作りする器用さも無いけど、せっかくならユニークなプレゼントを渡して、少しでも先生の心に残りたい。あわよくば、「おもしれー女」と言ってもらいたい!でも、わがままな気持ちばかりが募って、具体的なことは何も決められないまま時が過ぎるのでした。

贈り物のヒントを探すため、放課後の図書室に来ました。貸し出しカウンターでは財前がプロセカに集中しています。財前って図書委員だったんだ。
 肘樹先生は面白くて人気の先生ですが、私は先生のリリカルなところも好きです。面白さも含め、先生の豊かな感性に惹かれているのです。敬之学の授業で解説をしてくれる時も、世界観の読み解き方が素敵だな、と毎回ときめいています。先生が「ここ自カプだからね~」と言っていた部分をきちんと復習したおかげで、この間の試験でも良い成績が取れました。
 喪ジオ学園の図書室には、敬之学の文献も豊富に揃っています。歌詞にちなんだプレゼントを渡したら、元ネタに気づいた先生が笑ってくれるでしょうか。オーディオコーナーで、歌詞カードをパラパラとめくっては戻し、考えを巡らせます。敬之学は国語科目なので、ブックカバーや栞のプレゼントはどうでしょうか。ああでも、先生はKindleで本を買うんだっけ……。
 ふと、思いついたモチーフがありました。
「よ↑つばのクローバー!」
 喪ジオ学園のラッキーチャーム、よつばのクローバーを探して、それを押し花にして……
「よ↑つばのクローバーの旬は終わったで」
「謙也!?」
 本棚の影から現れたのは、侑士さんの従兄弟。いつも颯爽とキリ番を奪っていく、喪ジオ学園のスピードスターです。
「クローバーが欲しいなら、どんパが始まる前に確保しとけっちゅー話や」
「うっ」
 悔しいけれど、謙也の言っていることは正論なので、何も言い返せません。
「そうだね……」
 俯いたまま黙ってしまった私を見て、謙也は少し焦ったのか
「そ、そんなに落ち込まんでも……ヒマワリだったら今年の8月14日に使ったやつ、まだ家にあるで。持っていこか?」
「校門のとこに屋台出てたで。あれきっとたこ焼きやな。寄って帰ろか?」
と矢継ぎ早に提案してくれました。
「ありがとう」
 やや前のめりの励ましに、少し元気が出ました。
「クローバーにこだわらなくても、他にも何か良いモチーフがあるはずだよね。自分で頑張って探してみるよ。……謙也って本当にいい人だね」
 私がそう言った途端、謙也は何故だか肩を落として、
「い、いい人……いい人か……」
とボソボソ喋り、何か手伝えることがあったら言ってな、と弱々しく呟いた後、いつもより若干落ちたスピードで去っていきました。

「閉館デース」
 振り向くと、入口の近くにペガサスが立っていました。校舎に残っているお嬢様たちに、時刻を告げて回っているのでしょう。一人で夢中になっていたので気づきませんでしたが、窓の外はすっかり夕暮れでした。
「お疲れ様、ペガサス」
 本でも借りて帰ろうか、と貸し出しカウンターに目をやると、財前がいません。帰るなら言ってよ。結局、時間を費やして散々考えたものの、これだ!と思えるような良いアイデアは浮かびませんでした。
「あと3日デース」
「わかってるよ!進捗エモみたいなこと言わないで!」
 かっとなって出した大声が、ひと気のない図書室に響きます。ペガサスはただ、正確にスケジュールを教えてくれただけなのに。
「まだ時間はありマース」
「ごめん、ペガサス……」
 ペガサスの優しさが心にしみます。余裕が無いからといって八つ当たりをするなんて……これではお嬢様失格です。どなっていいのは東京DAYSの犬吠えチャンスだけだと、授業で習ったはずなのに。自分が情けなく、みじめに思えてきました。

校舎を出ると、部活終わりのお嬢様たちがぞろぞろと歩いていました。
「ナマステ~」
「はい、ナマステ」
 校門の前では、教頭が笑顔でナマステを返してくれています。今年で82歳になるのに、私より元気な教頭です。
「寒っ……」
 冷たい風が吹いて、マフラーと制服のスカートを揺らします。
「あーあ」
 朝、頑張ってセットした前髪もぐしゃぐしゃになり、いっそう悲しい気持ちになってきました。駅までの道をとぼとぼと歩いていると、またしても突風に襲われます。
「もう!何なの……!?」
 マフラーを巻き直しながらぼやいていると、前方からかすかに声が聞こえてきました。
「ゴメンネェ!」
 さっきの突風は、ものすごい速さで通り過ぎていった荒北だったようです。今日はキリ番委員会の活動日じゃないのに、自主練なんてストイックだなあ。威勢が良すぎる謝罪に、思わず笑ってしまいます。
「いいよー!またキリ番取ってるところ見せてねー!」
 遠くなる背中に向かって叫ぶと、何だか清々しい気分になりました。

しばらく歩いていると、提灯の明かりが見えてきました。もしかして、謙也が言ってた屋台って、あれのこと……?学園と駅の中間地点だからか、人通りも少なく、お世辞にも賑わっているようには見えません。もっと駅前で商売すればいいのに。
「タコタコタコタコ……」
 近づいてみると、くちぱっちが一人でたこ焼きを焼いていました。
「お疲れ様。お店、校門の前でやってるって聞いたんだけど」
「行列が捌けなくて、近隣住民から移動してくれってお願いが来ただっち」
「くちぱ……」
 それでこんな中途半端な場所で屋台を……。切なくなってきたので、応援の気持ちも込めてスペシャルトッピングを注文することにしました。
「このスペシャルたこ焼き、1パックください」
「1000だっち」
「くちぱ、値札には800円って書いてあるんだけど」
「間違えただっち」
 一瞬、沈黙が流れます。
「く、くちぱ……」
 ワンオペで疲れているのでしょうか。心配になります。
「ちょっと待ってね、今、小銭出すから」
 薄暗い中で100円玉を探していると、不意に横から
「2億だ」
と威勢のいい声が聞こえて、200円がトレーに置かれました。
「攻め様!」
 あと600円足りないけど、もしかして奢ってくれるつもりなのでしょうか。
「ありがとうございます、攻め様。せっかくなので一緒に食べませんか」
 私が尋ねると、攻め様はコクリと頷き、公園のベンチを指し示しました。
「わかりました。もうすぐで出来上がるみたいなので、ここで一緒に待ちましょうね」
 くちぱにこっそりと耳打ちし、爪楊枝ではなくフォークを入れてもらいました。

「攻め様、半分こしましょう」
 ハンカチを敷いたベンチに腰掛け、出来たてのたこ焼きを分け合います。お家に連絡を入れなくていいのか少し心配になりましたが、屋台の裏でお付きの人が見守っているのを確認したので、きっと問題は無いのでしょう。
「旨いな」
 くちぱのたこ焼きは攻め様のお口に合ったようで、何よりです。
「攻め様、良かったら私の方から1個持っていってください。これ、4分の1の確率で入ってるチーズ入りなんですよ」
 せっかくなら攻め様に庶民の味を楽しんでもらいたい、そう思って差し出すと
「ならば俺の方のチーズ入りをやろう」
と攻め様がフォークに刺したたこ焼きをずい、と近づけてきました。
「これじゃただの交換ですよ」
「優しくされたら”お返し”をするものだと、爺やに言われている。ほら、あーんしろ」
「あ、あーん……」
 美味しい。やや強引に食べさせられましたが、チーズ入りの美味しさに変わりはありません。それに、自分の行動を優しさだと言われ、お返しをもらうのは、思いのほか嬉しいものでした。
「お返しかあ……」
 何だか、5歳児にとてつもなく大切なことを教えてもらった気がします。優しくされて「嬉しい」と思うこと、その経験を忘れずに、相手にお返しをあげたいと思って行動すること……最近、そういった素直さを忘れていました。
「おい、何か俺に対して失礼なことを考えていないか」
「考えてませんよ。攻め様が大事なことに気づかせてくれたんです……そうだ!!」
 脳裏に閃くものがあり、私は思わず立ち上がりました。勢いに驚いたのか、植え込みに隠れていたお付きの人が尻餅をついています。
「どうした」
「いえ、とっても良いアイデアを思いついたんです!」
 先生に何をあげるべきか……いえ、私が先生に何をあげたいのかが、はっきりとわかりました。少し勇気が要るけど、今年のプレゼントはこれにしよう。迷いが晴れて、笑みがこぼれます。
「そうか、良かったな」
「はい!ありがとうございます、攻め様!」
 今日出会った喪ジオ学園のみんなも、ありがとう。もじお、いつもありがとう……私が財閥の御曹司なら、街全体を使って感謝の気持ちを伝えたことでしょう。

♧12月9日♧
 待ちに待った肘樹先生の誕生日当日。喪ジオ学園の盛り上がりは、それはもう凄まじいものでした。あちこちでドンチャン騒ぎが発生し、先生が廊下を歩くたび、お嬢様たちからのハートエモがフラワーシャワーのように降り注ぎます。常に誰かがプレゼントを渡しに行っているので、先生に話しかける隙がありません。覚悟はしていましたが、ここまでとは……。先生も例年以上の盛り上がりに驚いている様子で
「いや~まいったね。来年は職員室前にプレボでも置こうかな」
と本間さんに話していました。

先生が一人になるのを待って、待って、待ち続けて……。ようやくそのタイミングが来たのは20時。最終下校のギリギリ前でした。
「肘樹先生!」
 学園の中庭、ライトアップされた椅子のオブジェの前で先生を呼びとめると
「どうした?忘れものか?」
と、一日中お嬢様に囲まれて大変だっただろうに、いつもの笑顔で応えてくれました。
「あの……先生にプレゼントがあって」
「おっ、なになに」
 いざ先生を前にすると、頭が真っ白になります。でも、ここで決めなきゃ。
「聞いてください!」
 私はアカペラで、こどもさんびかの『さあ手をくんで』を歌いました。緊張で声は震えていましたし、喉はカラカラでしたが、心を込めて歌いました。いつもお嬢様たちに、私の誕生日に歌ってくれていたように。いつもと違って、今日は「だいじな肘樹先生の 命をうけた日よ」と歌詞を替えて。
「先生、いつもありがとうございます。そして、お誕生日おめでとうございます」
 歌い終わってお辞儀をした瞬間、恥ずかしさがこみ上げてきました。何の説明も無しに突然歌い出しちゃって、先生が引いてたらどうしよう。
「あの、失礼します!」
 言い逃げならぬ歌い逃げの勢いで走り去ろうとした私の肩を掴み、
「待って待って」
と肘樹先生が引きとめました。
「いつも私が歌ってるから、かわりに歌ってくれたんだよね」
「はい、肘樹先生のために歌いました。私の誕生日に先生が歌ってくれて、う、嬉しかったから……」
 喋りながら、思わず泣きそうになるのをこらえます。あの時、先生が私のためにさんびかを歌ってくれたこと。そのシンプルな事実が、先生の優しさが、心の底から嬉しかったのです。だから、お返しがしたかった。
「ありがとね。すごく嬉しいよ」
「本当に、おめでとうございます……」
「何で泣くの~!ずっと待っててくれたんだね、ありがとう」
 私の目を見てお礼を言ってくれる肘樹先生、優しい……。緊張が解けたからか、感情が溢れて止まりません。必死に手の甲で涙をぬぐっていると、そっと手を取られました。
「手、冷えちゃってるよ。帰ったらちゃんとお風呂であったまってね」
 先生に言われて初めて、自分の指がかじかんでいることに気がつきました。あたたかい指先を握り返します。
「先生、大好きです……」
「うん、ありがとう」
 私は号泣しながら、この流れで「私も好きだよ」とは絶対に言わない肘樹先生が、やっぱり好きだなあ……と思いました。

おわり

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